☆健康の三原則
(一物全体)
・食物に含まれている栄養素のすべてを一度に摂取しましょう。
(陰陽調和)
・出来るだけ多くの栄養素を一度の食事で摂取しましょう。
(身土不二)
・身近に取れた自然の恵みを食事の中心に置きましょう。
☆避けるもの
・農薬や毒性の強い添加物
・精製糖
☆推奨すること
・主食と副食を分けること。
・出来るだけ朝食を摂ること。
・腹八分目にすること。
・よく噛む(20回以上)こと。
・動物性のものは、食事の全体の2割以上、3割以内が理想的。
5割を超える食事を続けるのは命を縮めます。
・年齢が高くなるにつれ水分を多めに摂ること。
・喫煙は控えること。
マクロビオティックの基本は、何でもおいしく楽しく食べられる健康な身体を作ることにあります。
そのためには、規則正しい食事によって、バランスのよい栄養を摂ることが大切です。
主食には栄養価が高くてバランスのよい炊いた玄米を中心にしています。
特に活性発芽玄米はとても柔らかく炊き上がり、しかも玄米よりはるかにミネラル等の消化吸収がよくなります。
これは、玄米等の植物の種子(特に胚芽)に含まれている「フィチン酸」が、ミネラルを守り貯蔵する働きを持っているのですが、玄米を発芽させることでこの役目が終了し、胚芽に含まれる酵素によってフィチン酸が分解されるからです。
さらに、発芽する時の酵素の働きによって、著しい増加を見せるのが「ギャバ」(ガンマアミノ酪酸)です。
発芽することで増えるその量は、白米の約10倍、玄米の約3倍にもなります。
ギャバはアミノ酸の一種で米の胚芽に多く含まれ、主に抑制性の神経伝達物質として脳の興奮を抑え、イライラなどを和らげる働きをします。
ギャバを食べ物から摂ることによって、人間の脳神経から内臓の働きまでに効果(具体的には、血圧降下、中性脂肪の抑制、腎臓や肝臓の働きを高める、神経を鎮める等)があるとされています。
マクロビオティックの食事として副食に何を選ぶかは、その人の栄養状態や体調などを考えて決めます。
現代人には珍しくなりましたが、未病や病気のない健康な人は、動物、魚介、野菜、果物、豆類など、様々な食材から食べ合わせと量を考えながらバランスよく栄養を摂るようにします。
マクロビオティックの食箋で時々目にする「動物性のたんぱく質を抜く」というのは、ある種の病気を早く改善するために、1ヶ月程度の短い期間を指定して指示するものであり、一生というような長い期間を想定するものでもなく、ましてや健康な人のためのものでもありません。
菜食主義と混同したり、誤解されたりすることが多いのは主にこの部分です。
菜食主義は、主として動物愛護の精神から来ていることが多いのですが、正しいマクロビオティックでは、動物の命も天から授けられた範囲(自然界の食の循環を乱さない範囲)であれば、健康のために摂っても構わないという考え方です。
健康な人が菜食だけの食事を続けると栄養が偏って、かえって病気を呼び込むことになりますから注意しなければならないと考えています。
マクロビオティックの「食養」とは、ヒトの成長や健康の維持、病気の回復や療養などを総合的、日常的に、且つ安全にそしてゆるやかに行うことを前提に考えていくものです。
したがって、その具体的な実践には、米、雑穀、野菜、海草、魚介、肉類などの食材や醤油、味噌、油などの調味料、ゴマ、胡椒、ターメリックなどの薬味、薬草およびお茶、ジュースなどの飲料等、毎日の食事ごとに摂取するものが必要です。
マクロビオティックの考え方は、「陰陽調和」・「身土不二」・「一物全体」などの漢語で表現されたりもしますが、難しく考える必要はありません。
日本古来の伝統的な食生活に倣って、「出来るだけ身近に取れるもの」を、「無駄なくすべて」を、「バランスよく食べましょう」、と言うことです。
それ以上も、それ以下もありません。
明治時代や戦前の伝統的な(粗末な?)食事をしてきた年代の人たちは長寿で、日本の平均寿命を引き上げていますが、戦後の、特に高度成長期に思春期を迎えた人たちは、危険な添加物や農薬を含んだ食品に囲まれ、また世界各国のグルメに慣れ親しんで、過剰な動物性たんぱく質や精製糖を摂り続けてきたために、高血圧や高脂血症、肥満、糖尿病やアレルギー、アトピー性皮膚炎など、様々な病気や症状に悩まされ、寿命も縮まる傾向にあるといわれています。
アメリカでは、「南無阿弥陀仏」の意味を聞かれたとき、「Thank you Buddha.」と答えるそうです。実にストレートで簡明ですね。
日本人は意味も理解せずに、あるいは知ろうともせずに、「マクロビオティック」をただ念仏として唱えていることが多いのではないでしょうか。
「マクロビオティック」は、念仏であってはいけないでしょう。
マクロビオティックでは、食物も、栄養も、環境も異種間で相互に影響しあい、また摂取する食べ物の量や調理法によっても、性質や効能が大きく変化するものであることから、その全体のバランスを見極めることが大切と説明しています。
玄米ほど多くの栄養素がバランスよく含まれている食材は他にはなかなか見当たりませんが、玄米だけで、充分な栄養を補給することが出来るわけではありませんので、玄米と少量の野菜だけの食事を長く続けてはいけません。
体調を整えなおす準備と考えてください。
毎日、毎食摂らなければ不足していく栄養素もあり、それらは玄米だけでは補いにくいものだからです。
マクロビオティックのいうバランス(陰陽調和)は、何かが欠けることによって他の部分に悪い影響を与え、何かを摂りすぎることによって、やはり他の部分に悪い影響を与えると注意しています。
身体に悪いものは摂らないようにしようというのはいいことですが、それは他人が決めることではなく、人によって、身体の状態によって、季節によって、量によって、色々な条件が絡みあって、自分の身体に悪いものが決まります。
1ヶ月したら、それはまた変わるかもしれません。
ある人に悪いものであっても、自分にも悪いとは限らないでしょう。
肉や魚や牛乳などには、特に脳や身体の成長期の子供たちにとって、とても大事で必要な栄養が含まれています。
あなたのお子さんには、充分な栄養を与え、脳や身体の発育を助けてあげてください。
自分の食事や、大切な家族の食事は、自分でよく考えて栄養バランスのよい正しい食事を用意すべきで他人任せはよくありません。
ものを計る基準のひとつに物差しというのがあり、現代は、世界中の多くの国で、共通の基準としてメートル法が使われていますが、その昔、日本の大工さんの間では、曲尺が使われ、長さや重さを測るのに尺貫法が使われていました。
それはそれで、その時代の日本人の体格に合った物差しであり、日本国内だけで言えば最も合理的な基準でした。
しかし、そんなメジャーや秤もない時代には、おそらく、みんなが知りえる何かを基準にして、それより大きいとか、小さいとか、というあいまいな測り方や表現だったのでしょうね。
今、何が正しいとか、間違っているとか議論されていることも、共通の秤や物差しが無ければ、話は平行線で、どちらも正しいということになりますね。
私たちは、何を基準として採用すべきなのでしょうか。
マクロビオティックでは、陰陽の調和を考えなさいといっていますが、その陰陽は相対的なものであり、決して絶対的なものではないとも言っています。
とすれば、同じ陰陽でも人によって、時代によって、場面によって基準が変わるということであって、善悪をきっちり知りたいと思う人にとっては非常に厄介なものです。
そのときの自分の状況に合わせて、基準をどの位置にもっていくかを決めなさいということですから。
しかし、世の中、そんなものなのかもしれませんね。
マクロビオティックは、自分の身の丈に合った物差しを持ちなさいと言っているのですね。
マクロビオティックで、「無知の知」という言葉が使われることがあります。
「自分は何も知らない」という謙虚な気持ちになることで、すべての人が教師になり、なんでも吸収することができるということなんです。
乾いた砂が、水を限りなく吸い込むように、です。
少しでも知ったかぶりをすると、人はもう何も教えようとしなくなりますが、何も知らない、という人には、自分の知る限りのことを教えようとします。
どっちが得するでしょうか?
窓を開ければ、心地よい風や明るい光が入ってきますが、閉じたままでは入ってきませんね。
だから、マクロビオティックでは素直な愚か者になりなさいと教えています。
でも、意外と難しいんですよ。
インドや中国の古い哲学の中にも似たような教えがあります。
「悟りを開く」ということは、部屋(心)の中を空っぽにして窓を開くということなのでしょうか?
「イグノラムス」という言葉は、フランス語かラテン語か知りませんが、「無知なる者」とか「愚か者」とか言う意味があるそうです。
マクロビオティックでは自分たちのことをそう呼んでいます。
そして本当に心からそう思えるようになることが、マクロビオティックを理解する第一歩になるそうです。