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マクロビオティックの語源と生い立ち
マクロビオティック Macrobiotique (フランス語)
マクロバイオティック Macrobiotic (英語)
マクロビオティックの語源は、古代のギリシャ語で、マクロビオスといい、元々の語源では、「健康による長寿」「偉大な生命」などを意味します。
古代ギリシャの医聖ヒポクラテスは、生命の尊さ、重要さに絶対的な意味を感じ、長寿を意味するマクロビオスに注目したそうです。
「マクロビオス」という言葉を元に、「マクロビオティック」という言葉を造り出したのは明治時代の食医(食事によって病を治す)で薬剤監であった石塚左玄であったとされています。
彼は伝統的な日本食のその栄養学的な意味を考えながら治病に役立てようと「食養」として実践しました。
そしてその臨床結果(残念ながらその結果が資料として残されているかどうかも判らず、われわれは手に入れることもできません)から食養の研究と普及に努めました。
その後、食養会に参加した桜沢如一が自らの病気を治しながら考えた「マクロビオティック」は、宇宙の法則と関連付けて、一部分だけで判断せず全体を見て判断すると言う意味とを合わせて、「大きな(広い)視野で生命(世界)を見る生き方(方法)」とも解釈しているようです。
この意味では、マクロビオティックとは日々健康に生きていくための手段・方法と言うことができ、桜沢如一の時代からは、その要素が入っている物(心や身体から成り立つ生命、それらを取り巻く環境、さらにそれらを要素として含む宇宙全体)を総合してマクロビオティックと呼び始めました。
彼はマクロビオティックを、世界平和をもたらすために必要な知恵を育てるものと捉え、その正しい心や健康を得るための具体的な実践方法として、マクロビオティックによる食事法(食養)を紹介しています。
マクロビオティックの食養料理とは、戦前のおばあちゃんが作っていた素朴な日本食を現代に合った食に作り変えて形成された食事法で、特に元禄時代以前の玄米食を中心にした料理のことを指します。
その時代の日本の伝統的な食事(玄米と魚介類、海藻類、野菜を中心とし、味噌、醤油などの発酵調味料を使った料理)が、栄養バランスも良く健康的として手本とされました。
一方、明治時代、特に日清・日露戦争時代に駆り出されて外地に向かった兵隊の食料には、精力をつけるためと称して白米を給していました。
一部の市井の農学者や英国への留学で医学を学んだ海軍軍医などは反対したようですが、森鴎外など、ドイツに留学して医学を学んだ陸軍軍医達の意見から反対され無視されてしまいました。
しかしその後、陸軍では脚気が大流行して次々と病に倒れ、死者も戦死者より多く出たという悲劇から、その後は兵隊には麦飯を給するようにしたと伝えられています。
欧米の海軍でも似たような話があり、毎週金曜日には栄養バランスの良いカレーライスを船内の食事として出すようになったという逸話も残っています。
カレーライスには、穀物はもちろん、香料としてターメリック(ウコン)が使われ、ジャガイモや玉ねぎ、にんじんなどもふんだんに入っていたため、それ以来、船乗り達の健康は一気に改善されたと言われています。
当初のマクロビオティックは、食事による病気治療のための「食養」のみを指していましたが、戦後は、桜沢如一(外国では、氏名を音読みにしてペンネームとしたジョージ・オーサワとして知られる)が外国に渡り、もっと広く宇宙の法則や人類の知恵までを含めて説明することで世界中にその種を蒔きました。
特に、ヒッピー達にはその健康法が自然、環境にも優しいということから受け入れられ、さらにロック歌手やフォーク歌手などのミュージシャンをも通して世界中に広まり、日本にも逆輸入されるようになりました。
日本国内では、そういった人々が集まって、様々な研究をしたり普及活動をしたりしましたが、当初はただ単に、身体にも環境にも良いことを広めていこうという動機から草の根的に進められたものでした。
その中でアメリカ政府は、ヒッピー達の健康状態への関心と、従来の欧米型食生活が成人病の増加をもたらしているとの反省から、「アメリカの食事目標(マクガバン・レポート)」が打ち出されました。
その当時、アメリカの医療費は増大し財政的危機に直面しており、それを打開する目的の一つとして国家規模で医療改革が進められましたものです。
食事と健康と慢性疾患の関係などについての調査・研究が、全世界的な規模で長期間に渡り研究・調査されてきましたが、それらを元にまとめられた報告書は5000ページ以上にも及ぶ膨大なレポートとなり1977年に発表され、それを「マクガバンレポート」といいます。
平成の日本の国内事情も同様で、アメリカを追うような形で、「知育」、「体育」と並んで「食育」を置いて国家的に考えようということを始めています。
桜沢如一のマクロビオティックは、彼がもともとは東洋、西洋の様々な宗教や哲学に興味を持つとともに、世界平和に非常に熱心に取り組んでいたという哲学的な思考と、石塚左玄が指導した食養による食事療法を自らの病気治療に試して回復に到った体験からさらに発展させ、「陰陽の調和」、「身土不二」、「一物全体」として整理したものです。
マクロビオティックの教えは、健康回復、維持に非常に効果が高いことは身を持って感じていましたが、その中で特に動物性たんぱく質の摂取を制限したのは、欧米人のように肉の摂り過ぎによる様々な成人病を見ていたこともありますが、動物の肉を食べ続けると精神状態が不安定になりイライラが募り攻撃的になることと関連付け、世界平和を目指す妨げになると感じたからです。
現代では、極端な動物性たんぱく質の制限は脳の正常な発達を抑え、好奇心が薄れ物憂げで消極的な性格とうつ病になる確率を高めると言われています。
ところが、終戦後の食生活は急激に変化し、欧米諸国の民族の体格に追いつこうとして肉食が多くなるとともに、危険な食品添加物や遺伝子操作が行われた食材も極端に増えてきました。
そのことへの警鐘から、昭和30年代以降のマクロビオティックでは肉食を極端に制限し、食品添加物や遺伝子操作が行われた食品を禁止するようになりました。
しかし、近年では国内の食料自給率が下がるのと反比例して食品添加物が増え、かつ遺伝子操作の食材も分別できないほどに広がってしまったために許容される食材が非常に少なく栄養が偏り、かえって健康を害することになることが判ってきました。
逆に医学、薬学の急速な進歩から安全な添加物も次第に明確に分類され、不足した栄養分を摂取するためにより安全なサプリメントや保健機能食品に頼ることが望ましいとさえ言われるようになってきました。
さらに、医学や栄養学の進歩とともに、伝統的な食事や漢方医学による健康管理を融合する形で見直されてきています。
はるか昔の祖先たちの多くの犠牲から知り得た伝承的な民間療法、漢方医学、薬草学などは貴重な経験から導かれたものであり、その多くが文字や数値データとしては残されてこなかった過去はありますが、非常に貴重なものであるはずです。
近代科学のそれとは比較にならないほど多くの実証例や臨床例が、その裏に隠されていると思います。
誰もが耳にしたことがあるそうした療法は、薬品の研究開発とは違ってビジネスには向かないかもしれませんが、誰かが纏め上げ正しい手法で臨床データを集積していくことが必要です。
過去には効果があったとされるそういう療法が、データが保存されなかったために非科学的だとか古い迷信だとして切り捨てるのは、貴重な文化遺産を破壊する行為に似ているものがあります。掘り起こし、修復し、利用すべきものだと思います。
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