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マクロビオティックとロハス・その範囲外
マクロビオティックとロハスはどこが違うのでしょうか?
考え方の意味は、ほぼ同じと思われます。
「マクロビオティック」は、個人々々が心や身体や環境などの健康を回復、維持することによって、平和な世界を呼び込もうとするのに対して、「ロハス」は、そういった考え方を持つ層に対するマーケティングのための用語です。
言い換えると、「マクロビオティック」な考え方を実践しようとしている人たちをグルーピングして「ロハス」族と言っても大きな違いはないのではないでしょうか。
ロハスの概要 1998年、アメリカの社会学者ポール・レイと心理学者のシェリー・アンダーソンが、15年にもわたる調査により、カルチュアル・クリエイティブズと呼ばれる環境や健康への意識が高い人々の存在を確認したことを元に、レイと起業家のジルカ・リサビ(後の創立者)が協力して開発したマーケティングコンセプトです。
アメリカにおける LOHASの調査機関NMIが、LOHAS層を「環境と健康に関心、社会に対する問題意識、自己啓発・精神性の向上に関心が高く、実際の行動に移す人々」と定義し、2002年よりその割合を調査しています。
この調査にはカルチュアル・クリエイティブズを提唱したレイもアドバイザーとして協力しています。
2005年の調査によるとアメリカの成人人口の23%がLOHAS層だといいます(他、LOHAS層に近いが行動に至らない NOMADICS:39%、価値観を特に持たないCENTRISTS:27%、日々の生活に追われるINDIFFERENTS:12%)。
アメリカでの「LOHAS」はあくまでマーケティング用語であって、一般消費者には殆ど使われていません。
「LOHAS」という「言葉」は、アジア(日本、韓国、台湾)から発信されているようです。
日本におけるロハス 2000年9月に日経新聞が関連記事を掲載。
その後、月刊誌『ソトコト』が2004年4月号でロハス特集を組むなど、マスメディアが注目したことでロハスが広まっていきました。
2005年より、イースクエアがNMIと同様の調査を日本でも行っています。
2005年の調査によると、日本の成人の29%がLOHAS層だという(他、NOMADICS:27%、CENTRISTS:28%、INDIFFERENTS:1%)。
日本では、「健康と環境を志向するライフスタイル」と意訳され、スローライフやエコに続いて広まってきました。
また、LOHASとスローライフを並べて紹介している例も見られ、例えば「ゆっくりと時間が流れるロハスなライフスタイル」などとしてこの2つを混同している傾向も見られますが、本来LOHASは時間的概念が無いものであり、この混同は誤りです。
これは、一部のマスメディアや企業が、自分達がこれまで展開してきた「スローライフ」や「エコ」などを意識的に「ロハス」という言葉に置き換えて広めようとしたことに起因しています。
ロハスは「健康的で継続可能な生活」を日常的に実践している人々を分類して指し示す言葉で、ロハス自体がライフスタイルなのではありません。 このロハスの市場に向けて、どのように情報を発信し、どのように事業を展開していくべきかというのがアメリカ発信のロハスです。
個人レベルでは、マクロビオティックやスローライフ、スローフード、菜食主義などを自分の生活にどう取り入れていくかを考えることになるのでしょう。
近年問題視されている遺伝子操作および組み換えについては、すでに多くの野菜、穀物の品種について行われてしまっていること、日本の場合、食料自給率が先進国最低レベルと低いために遺伝子組み換えのない食品を選択すること自体が極めて困難であること、その事実の探求、検査がほとんど不可能な場合が多いこと、また、知らない間に地球全体に影響が広がっているという指摘があること、などから選別できないものを禁止しようとすること自体無意味であり、マクロビオティックの理論展開の中でその善し悪しを論ずべき問題ではありません。
そもそも長い生命の進化の歴史の中で遺伝子は漸次変化してきており、どの時代の遺伝子を基本として変化し、組み換えられたとするのか、比較評価すべき基準の設けようもありません。
食品添加物についても同様に、国の機関が専門家を擁して実験を重ね添加物の分類を行っているようですが、その実験方法や思惑を疑えばきりがないことで、一定の基準で検査して定められた範囲の量を使用する限り問題がないということであれば、それに反論して使用を止め、必要な栄養素を摂取する機会を狭めるのはいかがなことかと思います。
別のところでも述べているように、マクロビオティックは、べからず、べからず、の消極的な食事指導をするものではありません。
人にはアレルギー体質を含めて、自然天然のものでも、特定の食物を受け付けない人もいます。
マクロビオティックは、何でも食べられるような健康で頑丈な身体を作ることが、その食養の目的ですから、薬(裏を返せば毒です)も薬草も食材も、身体が浄化できる範囲であれば摂取しても構わないでしょう。
ただし(とても重要なただし、です)、それがなければ身体にとって有益なその食品が作れないとか、簡単に変質してしまう、などの差し迫った理由がある場合のみです。
単に食品を美しく見せるだけとか、色をつけるだけとか、というのはお勧めできません。
そんなものはなくても食品として、充分本来の意味を持っているからです。
通常の場合、食品添加物を加えたものは香りもコクも落ち、食品本来が持つ風味がなくなるのが一般的です。
食べ比べてみればすぐに分かることです。
おいしくなくなるから食品添加物を加えない、ただ単純にそれでいいのではないでしょうか。
人の味覚は元々本能的で正直です。
正しく味が判断できなくなったとしたら、それが病気の始まりです。
ジャンクフードやファーストフードを食べ続けていたら、舌がバカになりますよ。
マクロビオティックは実用に適う理論であり、不可能なこと、困難なことを提唱したり、無意味な論争を仕掛けたりすることを目的としていません。
また、医学や薬学、栄養学、遺伝子工学などの他の学問を批判するような排他的な理論でもありません。
桜沢如一はその著書の中でも、「マクロビオティックについては自由に研究し、討議しなさい」と言っています。
したがって、様々な解釈や意見が出てきても、それは問題ではありません。
ただ、問題なのは特定の意見に自分なりの評価もせず、盲目的に従う人たちが多いことです。
その人たちが正しく評価できるように、解釈や意見を述べる人たちはその根拠や実証例やデータなどを出来るだけ示さなければなりません。
悲しいのは、過激な発言やオドロオドロしい意見は注目を集めやすく、著書も売れやすいためか、極端に食事制限を勧める意見が増えてきていることです。
その中には、根拠の薄いものや実証例のないものも数多くあります。
シンポジウムやその他の場で充分に意見を戦わせて煮詰まった結果であればよいのですが、どうもマクロビアンは議論が苦手の人が多いようです。
黒か白かはっきりしてくれたら、それに従う、と・・・。
無添加、無農薬の表示にしても、詐欺まがいの表現が横行する要因はそこにもあると思います。
桜沢如一の著書の中に、「健康であれば、何を食べてもよい、どんなものでもおいしく食べられるし、ちょっとやそっとで身体を壊すことはない・・・・マクロビオティックによってそんな身体に鍛え上げよう・・・」と言うような意味の記述があります。
彼は健康な人に対して、「特定の食材を食べてはいけない」とは言っていません。
手近に手に入るものであれば、種類多くの中から、そしてその全体をバランスよくとりなさい、と言っているのです。
動物性たんぱく質を出来るだけ避けなければいけないような体調の人もいます。
しかし、マクロビオティック自体は菜食主義ではありません。
自分の身体や心の状態と相談しながら、自分に合った食材や調理法を選んでいくのが、マクロビオティックのダイエット(健康に係わる食事・食養)です。
万人一律に特定の食材を勧めたり、忌避したりするのがマクロビオティックの目的ではありません。
そして、ダイエット(健康に係わる食事・食養)だけがマクロビオティックの目的でもありません。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」
人々が安全に暮らし続けられるような地球環境を整え、世界的な平和を目指すことを目的としています。
マクロビオティックを菜食主義者に勧めるのもよいでしょう。
痩身法として食養を利用するのも構いません。
ただ、それがマクロビオティックのすべてと誤解されることから、マクロビオティックが壊れていくのを恐れます。
何度でも言います。
マクロビオティックは食事のことだけを言っているのではありません。
ヒトの健康のことだけを言っているのでもありません。
身体を健康にし、心の健康を回復し、正しい判断力を持ち、自分達が健康に生活しやすい、いつまでもそのような環境が維持できるように考えられる能力を身につけることを目指しているのが、マクロビオティックの考え方です。
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