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マクロビオティックの原点
桜沢如一著『魔法のメガネ』より
P25
「・・・まず、1ヶ月だけ以下のような食事をし、・・・新しい食生活をやり、悪いものをすっぱりと断ってしまうか、うんと控えるか、してごらんなさい。」
A取らないもの
(1) 肉、魚、鶏等をやめる。(菜食主義)
(2) 水分をできるだけ少なくすること。(1日のうち、4回以上は小便には決して行かない程度にせよ)(ウリ、トマトはとるな)体に必要な塩分が消されるから。
(3) 果物といも類をとるな。
(4) 甘いもの一切を厳禁。
毎日の食事は、次の原則に従うこと。
B基本食(正食第1課)
(1)なるべく玄米、半つき米、麦飯(麦をできるだけ多くすること)。粟、ひえ、きび、そばを主食とせよ。
(2)お菜はたいてい、ゴボウ、ニンジン、レンコン、ネギ、玉ネギ、ゴマ塩などよし。
(3)味付けは、塩と油がいちばんよろしい。油はゴマ、ナタネ油。塩はあら塩。みそ、しょうゆは、天然醸造のものを。(ソースもいけない)
(4)なるべく加工食品(豆腐、佃煮、福神漬、カンづめ、かまぼこ等)はとるな。
(5)酢とすっぱいものはとらないこと。
(6)だしコブは使ってもよし。
(7) 1口(10グラム)を少なくとも30回かむこと。(病気のある人、フランクリンやリンカン、ファラデー級以上の人に早くなりたい人は、1口を50回以上かむこと。百回でも二百回でもよい。ネギ一切れを千三百回かんだ少女がある)
(8) おかずを主食の4分の1か5分の1にせよ。(10分の1にしてもよろしい)
とありますが、そのあとに、「以上を1ヶ月間つづけたら、あとは自由にやってよろしい。ただし、なるべくAとBをふみはずさないようにし、原則として忘れないこと。」とあります。
多少の矛盾はあるものの、一貫して言っていることは、「中庸でなければいけない」ということと、先の食事の勧めは、真実を見失い、こころやからだが病気になった人がそれを改善し、真実を(または善悪を)よく見極められる「魔法のメガネ」を手に入れるための最善の方法であると言っています。
P144
「カエデの木から取れるメープルシュガーは南のほうの砂糖より陽性です。だから、少しずついただくのならいいんです。けれど、大根として、あるいは大根からしぼりとって、煮詰めた汁として使う程度ならいいけれど、これをいろんな科学的な方法、劇毒のある薬品で、早く、たくさん砂糖を作ろうという方法で、人工的に造ったのは、大変な毒がある。なんでも自然のままでいただくのなら、その土地に適しているもので、その季節のものだからいいんだけれど・・・・・」とあり、砂糖は、すべて口にしてはいけないとは言っていません。
P178
「・・(略)・・陽性の人が、陽性のものばかり食べると陽性がすぎて、涙のない人になり、冷酷な、残酷な、短気な、味気ない人になってしまう。だから陽性のおサシミにでもワサビだのショウガだのというキツイ陰性をツマにつけ、また、陰性のナマの大根を千に切ってマクラにする。西洋料理でも、ビフテキのあとでイモを出したり、サラダとして、陰性のヤサイを陰性のまま生で出す・・(略)・・」
P211(付録)
「肉食動物がからだのバランスを保ち得ているのは、彼らがよく活動するため、食べた肉がからだの必要とするものに変わりやすいからであるうえ、実は彼らが全体食をするからなのです。・・(略)・・・穀物や野菜や豆類、堅果(クルミ、クリなど)などの糖分(あるいは自然栽培の砂糖きびの糖や自然のハチミツ)をとれば、消化に必要なビタミンやミネラルを体内に取り入れることになります。」
つまりは、陰陽のバランスをとった食事をすることが肝心で、これまで偏った食事をしてきた人は、それを矯正するために、先に出た「正食」を1ヶ月続けるのが良いと言っているのであって、ずっと続けなさい、とは言っていません。
逆に、普段からあれもだめ、これもだめ、という偏った食生活は無双原理に外れると言っているようです。
また、「過ぎたるは及ばざるが如し」という諺も例えに使っています。
ここでは、「一物全体」という言葉は使われていませんが、魚であれば頭から尻尾まで身も骨も食するのが良いとも言っています。
桜沢如一著『新食養療法』より
P27
「今度改訂版を出すキカイに私は全くこの本を書き直します。ナゼカナラ、時代が全く変わり、もう古い日本は亡び去り、全く新しい自由な、民主主義の社会が生まれなくてはならないのですから、そしてこの十年間に私もズイ分変わり、この本のキビシイ、しかりつけるようなコトバつかいがハズカシクなりましたから。」
P79
食養通則(日本内地に於ける〜内地というのは、北海道や沖縄などから本州のことを呼んだ古い呼び名です。)
1. 主食物は水田のウルチ玄米(五穀、雑穀)が最も良い。これを取るときにはお菜は極く簡単でゴマ少々、味噌汁一椀、古漬もの二三片位で十分である。(無肥料の今すり米が最上)
2. 玄米食は理想であるが、一般的でないから、無砂つきの半つき又は三分つき全米(ヌカを取り去らないもの)でもよろしい。
3. 副食物はその土地の季節の野菜と野草を主として、ご飯の三分の一〜五分の一を適度とし(時と処によっては、あるいは特別な場合には、野菜の三分の一以下の鳥、魚肉、玉子などを加えても良い。)十分に噛み、腹八分に食するがよい。
4. 味は塩気と油気でつける。(ほんとうの古式製法の米コウジを用いないミソや醤油なれば用いてよい。)
5. 全て自然に近く、伝統を破らぬ様にし、野菜類は甘皮を捨てず、又一切茹でこぼさずに調理すること(皮をむくのは竹の子だけ。)
6. 自然を破るもの、即ち身土不二の原則をふみはずしたもの(季節と郷土の伝統が許さないモノ:白米、白パン、獣肉、砂糖、果実菓子、牛乳等)は摂らざるを原則とする。
P81
「・・(略)・・わがままな人は、この土地に出来ないもの------例えばバナナ、リンゴ、砂糖の如きもの------を好き放題に取る。・・(略)・・少なくとも日本内地に於いては------」
海洋国日本では有史以前の古くから、魚介類はお菜の中でも中心的な存在であり伝統的な食物であります。それは大森貝塚などにもその名残が残されています。
それとは別に、我々の祖先でもある山で生活する原住民は狩猟を生業としていました。
また、時代の変遷とともに日本の国土、領域や風土、気候も少しずつ変化し、沖縄では砂糖きびを栽培し、東北ではりんごの栽培が盛んです。東北、北海道のような北国を中心に酪農が盛んになり、牛乳やチーズ、バターなども輸入しなければならないものではなく、国内の地域の特産物ともいえるようになってきています。
逆に、稗、粟、キビなどの雑穀などは現代ではかえって手に入れにくく、それを食したいという方がわがままな時代になってきています。
玄米においては、近代は農薬が使われる地域、田畑が増え、3年程度の、また限られた地域だけの無農薬米は安全とは言えなくなりました。
ここで言わんとしているのは、わがまま、気ままを抑えて素直な心を持ちなさいということのようですから、時代の変化に合わせて食生活もわがままを排し、質素が保たれていれば、そして国内で生産されるものであれば変化も許されるものと思います。
桜沢如一(著):村上譲顕(訳)『ゼン・マクロビオティック』より
P68
「健康で幸福な人生を確立する食事には十段階の方法があります・・・(略)・・・陰陽の調和を正しく保つことにあります。しかし、この理論が理解できなくても、以下に述べるマクロビオティックの指示を注意して守るなら・・・(略)・・・」
(1)砂糖、甘味飲料、着色食品、無精卵、カンづめ、ビンづめなどの工業的な食品を食べないこと。
(2)すべての料理は、マクロビオティックの料理本を参照すること。
(3)陰陽無双原理の理解が深まり、健康と幸福が身についてきたら、前期の表のより下の段階を、ゆっくり、注意深く試してみなさい。ただし、それはあなたが旺盛な研究心と冒険心を持っている場合です。そうでないなら危険のない三号食以上のいずれかの食事を好きなだけ続けてかまいません。もしなかなか良くならない場合は、七号食を1〜2週間から数ヶ月ほど続けてみなさい。(ときどき第三章の「健康と幸福の七大条件」によって、健康と幸福を自己診断すること。)
(4)化学肥料や農薬で人工的に生産された野菜や果物は、いっさい食べないこと。
(5)遠方から来た食物は非常に有害な保存料を添加してあるので、いっさい食べないこと。
(6)季節はずれの野菜は、いっさい用いないこと。
(7)極陰性の野菜であるジャガイモ、トマト、ナスは、絶対に避けること。
(8)香辛料や化学調味料(市販の醤油や味噌にはたいてい添加されている)を取らないこと。自然海塩やマクロビオティックの醤油や味噌を用いると良い。
(9)コーヒーを止めること。発ガン性のある着色したお茶を用いないこと。市販されているものの大部分がこれである。
(10)鶏肉、豚肉、牛肉、バター、チーズ、ミルクなどの動物性食品は、すべて化学的に生産または加工されているので、避けること。野鳥や新鮮な魚介類ならあまり化学的に汚染されていないので、たまには用いても良い。
(11)イーストは、『オックスフォード英語辞典』に定義されているように、「麦芽汁やその他の糖質の液体をアルコール発酵させる過程で、泡や沈殿物として生産される黄褐色の物質」である。つまり、イーストは糖質を基材としたものであるから、少ししか食べてはいけない。
(12)ベーキングソーダ(ふくらし粉)を含んだ焼き物は用いないこと。これは練り物を急速に膨張させるものだから、健康的な、調和の取れた食品としては陰性すぎる。
ジャガイモ、トマト、ナスを特に指定して否定していますが、これも「陰性」であるということ以外の理由が見当たりませんが、他にも同程度の陰性の野菜等があります。しかしこれらは丈夫で、北海道のような北国でも元気よく育ち、寒い地方の人たちは日常的に食べています。
特に米などの作物が育ちにくい寒い地方では、酪農や陰性の野菜などを栽培するしかなく、陽性の肉(特に羊肉や豚肉)や魚とともに、その地で採れるジャガイモや豆やとうもろこし、トマト、キャベツなどをよく食べます。
これは、身土不二に適った食生活と思いますし、陰陽のバランスも取れているものと思います。
P86
「あなたがまだ純マクロビオティック食に慣れなかったり、悟りや天国と呼ばれる無限世界に到達することを急がないのであれば、陰陽の過多(これが最大の毒)を中和し、身体のバランスをくずさないように調理されたものなら、ときには動物性の入った料理を食べてもかまいません。」
桜沢如一著『食養人生読本』より
P98
「西洋料理でも支那料理でも何でも頂きます。果実でも、菓子でもフランス料理でも、モッカでもショコラでもウィスキーでも・・(略)・・ミュスカなら大好物です。・・(略)・・・それでも食養的に配合を考えて、陰陽にのっとって頂きますから、大した害は受けないでしょう。・・(略)・・「食養」をまるで、厳格で無味乾燥な、戒律のように思っている人が少なくないからです。多くの人々は食箋をもらって、それを一生実行していくのが食養だとでも思っているようです。間違いもこうなると滑稽です。食箋は病気を治すための食物を教えるもので、病気が治ったら、身土不二の原則によって、その土地に出来るものを何でも正しく、巧みに配合して食って絶対に二度と病気にならないような体質を作り上げて行くのが食養です。そして、そんな「健康」が確立されたら、もう何も恐れることはないのです。まれにご馳走を頂いたり、珍味佳肴を飽くまで食べたってビクともするものではないのです。酒も飲めない、・・・・・肉も食えない、果物も頂けないというのでは片輪でしょう。飲めるけれど、飲まない。食えるけれど食う必要を認めないから食わないが、食わなければならない時がもしあったら、それを飲み、かつ食ってもビクともしない、というような体格を作るのが食養です。・・(略)・・・「食養」は「べからず、べからず」の消極的な戒律でなく、積極的な、何でもやれる体格を作るのが眼目です。」
マクロビオティック(英文 Macrobiotic)料理は、長寿食、食養料理、自然食の意味で、陰陽の理念を基礎とした伝承療法で、食事による健康維持、体質改善、治病等を目的としている。別名「食養」とも言われている。
健康と幸福への十段階の方法
食事 No. 穀物 野菜煮付 汁物 動物性 生野菜果物 デザート 飲み物
7 100% 出来るだけ少なく
6 90% 10% 〃
5 80% 20% 〃
4 70% 20% 10% 〃
3 60% 30% 10% 〃
2 50% 30% 10% 10% 〃
1 40% 30% 10% 20% 〃
1 30% 30% 10% 10% 〃
2 20% 30% 10% 25% 10% 5% 〃
3 10% 30% 10% 30% 15% 5% 〃
これは、陰陽の調和、無双原理の理論を理解できない人のために安全を期した注意事項となっているようで、理論が理解できる人や心身ともに健康な人は、より下位の食事でよいといっています。
2以下の食事では、下位に行くほど動物性、生野菜果物、デザート等の摂取量が多くなっています。
「身土不二」、「陰陽のバランス」、「無双原理」の根本の心を理解せずに、文字や言葉だけを読み知ろうとすると至るところに矛盾を見出しますが、全体に流れる「無双原理」の根幹の考え方を理解すれば、それは場合や状況、環境や時代によって変化するということが理解できます。
ここに記された言葉がとても印象的で、まさしくマクロビオティックの真髄を語っているように思えます。
P100
「無精卵は、生物学的にみて生命を持っていないので、マクロビオティックの食事には使いません。」
私は学究者ではありませんので、「生物学的な生命」というのは正確に理解していませんが、「無精卵」であっても「卵子」という細胞である以上、生命を持っていると思いますし、「有精卵」でも「無精卵」でも、冷蔵庫に入れて保存してしまえば生命は失われているのではないでしょうか? 特に区別して拒否する理由には当らないと思います。
そもそも、食べ物の大半は踊り食いなど、生きたまま食べるものを除いてはある時期までは生命を持って成長していますが、ある時点からは生命を失っています。特に火を用いて調理したものは、当然、生命を失ったものと考えてよいものなのでしょう。
また、何を以って化学的処理を施したとするのでしょうか?
火や熱を加えたものも、厳密に言えば、化学変化を起こして成分に変化がみられます。
近代科学との違いは、単に火は非常に古くから使われ、人類がそれを得た経緯には、偶然と勇気以外には、さほど知恵が関与していないということのみでしょうか。
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